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奈良地方裁判所 昭和45年(行ウ)3号 判決

奈良県生駒市大字生駒台南二〇番地

原告

伊藤忠雄

右訴訟代理人・弁護士

富永義政

同右

鈴木信司

奈良市登大路町八一番地

奈良合同庁舎

被告

奈良税務署長

右訴訟指定代理人

河原和郎

同右

河口進

同右

門阪宗達

同右

岸田富治郎

同右

吉田秀夫

同右

祖家孝志

右当事者間の昭和四五年(行ウ)第三号所得税更正処分取消請求事件について、当裁判所はつぎのとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(当事者双方の主張)

原告訴訟代理人は「被告が原告に対し昭和四四年三月一二日付所第一〇三号「昭和三八年分所得税の更正通知書」をもってなした所得税額の更正およびこれに対する加算税の賦課決定を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因としてつぎのように述べた。

「一、原告は昭和三八年分所得税につき総所得三〇二万二七七〇円、課税所得二五九万五二七〇円、所得税額五二万二四五七円、源泉徴収税額控除後の申告納税額二六万二〇五〇円とした確定申告をなしたところ、被告は原告に対しこれにつき原告に雑所得があったと認定し、昭和四四年三月一二日付所第一〇三号をもって、雑所得二八四九万三六四円、総所得三一五一万三一三四円、課税所得三一〇八万五〇〇〇円、所得税額一六二七万一四二五円、申告納税額一六〇一万一〇〇〇円、確定納税額一六〇一万一〇〇〇円、重加算税四七一一万四四〇〇円とした更正決定および重加算税賦課決定をなし、その旨原告に通知した。

二、原告は被告に対し昭和四四年四月所得税の異議申立をなしたが、同年七月一七日国税通則法八〇条一項一号の規定により審査請求がなされたとして被告から大阪国税局長に移送されたところ、昭和四五年四月二五日これを棄却された。

三、被告のなした更正決定の要旨は、原告が訴外小川文夫から受領した穀物取引による所得金額二八四九万三六四円は、右訴外人が仲買業者である訴外米常商事株式会社等において、太田良夫ら名義でなした取引によるものであるが、その証拠金の拠出額および売買取引による主体性の有無等から判断して原告の取引と認められ、従って右取引から生ずる所得は原告に帰属するものであるとする。

四、しかし右判断はなんら合理的根拠があるものではなく、前項記載の利益金全額はすべて訴外種子田益夫が利得していることからしても、明らかに事実誤認である。

五、そして前記三項の太田良夫ら名義でなされた穀物取引は、種子田益夫の所持資金五〇〇万円を証拠金としてなあれたものであって、その経過はつぎのとおりである。

(一) 原告は長年に亘って商品取引に関与していたものであるところ、昭和三七年一二月頃種子田益夫が屡々原告を訪れ、原告の指示に従い商品取引をして利益を挙げたいと思うので原告の信用する第三者に手持資金五〇〇万円を預けたいと申向けた。

(二) そこで原告は現に商品取引をしている小川文夫に依頼して同人の判断で商品取引をするよう勧め、種子田から証拠金として金五〇〇万円を預かりこれを小川文夫に預けた。

(三) そして小川は種子田のため右五〇〇万円を証拠金として商品取引をなし、昭和三八年一月から同年一二月までの間に二三四九万三六四円の利益を挙げ、右証拠金と合算して合計二八四九万三六四円を種子田に交付した。

大要、以上のような経過であって、従って原告は右商品の具体的内容についてはなんら知らないのに、被告は右合計二八四九万三六四円を原告の雑所得として認定し、一項記載の課税処分をなしたものである。

六、よって被告の処分は原告の雑所得でないものについてなしたものである点で違法があり、取消を免れない。

七、なお被告主張の五項は以下の理由により却下さるべきである。

(一) 右主張は本件税務訴訟の審判の対象を逸脱しているものである。すなわち税務訴訟制度は行政の法適合性の保障的機能を有するものであり、その本質は一定の事実関係を基礎として、これについて課税庁が明示的又は黙示的に示した判断から生じた違法状態の排除を求めるものであるから、その審判の対象は課税庁が課税処分において認定した理由の適否である。

ところが本件訴訟においては、被告主張の雑所得金二八七八万七五二〇円の利益が原告に帰属するか、種子田益夫に帰属するかという処分要件事実をめぐって審理が行われているものであり、原告が新たに、昭和三八年度中に右金員のほかにも本件更正処分による所得金額を超える所得があり、更正額は総額において適正である旨の主張をすることは、本件更正処分の基礎になった事実関係と異なる事実による新たな課税根拠の主張であり、これにより原処分の正当性を維持しようとすることは前記税務訴訟の機能および本質に鑑み、到底許されない。

(二) かりに被告の主張が本件訴訟の審判の対象内に属するものであったとしても、右主張は民訴法一三九条一項により却下さるべきである。

すなわち、原告は昭和四五年七月一六日本件訴訟を提起し、その後右雑所得の帰属をめぐって五年間近くに亘って審理が重ねられ、証拠調も原告本人尋問まで終了し、終局直前の段階になって新たにこのような主張がなされたものであるところ、被告は本件訴訟に関し常時税務の専門家である数名の指定代理人を付し、その中には本件更正処分の際の調査担当係官も含まれて居り、本件訴訟の頭初もしくは早期の段階に右主張を十分なし得た筈であるから、被告は故意又は重大な過失により時機に遅れた主張をなしたものというべく、被告はその立証のため、また原告は右防禦のため原告がなした全商品取引の内容(たとえば取引の日時、銘柄、数量、建玉、仕切玉の別およびその約定値段、手数料、差益金、差損金、本証拠金および追加証拠金)を明確にしなければならず、その立証は乙一〇号証ないし一六号証では到底足るものではないから、現在までなされた審理は全く無意味になり、新たに訴訟が開始されたにひとしく、本件訴訟の完結を著しく遅延させるものというべきである。」

被告訴訟指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁としてつぎのように述べた。

「一、原告の請求原因一ないし三項の事実は認める。但し金二八四九万三六四円は穀物取引による所得金額のみではなく、原告の雑所得金額として認定したものである。

二、原告のその余の請求原因事実は、被告が原告の雑所得金額を二八四九万三六四円と認定したことのみ認め、その余は全部否認する。

三、被告は原告のなした昭和三八年分所得税の確定申告について調査したところ、雑所得の脱漏があると認められたので原告主張の更正処分および重加算税賦課決定処分をなしたもので、その計算は商品取引による利益二九二五万五三六四円から、貸付金受取利息七六万五〇〇〇円を控除したものである。

四、右商品取引が原告の利益のためになされたことはつぎの事実からも明らかである。

(1) すなわち昭和四三年一二月二六日小川文夫に対し昭和三八年分の穀物取引による所得を脱漏しているとして所得金額二八七八万七五二〇円とする所得税の決定処分をした。

ところが小川文夫は右商品取引による所得は自己が取得したものではなく、原告のためにした商品取引であって、自己の受取るべき手数料を除く利益の殆んどは原告に手渡したものであると主張し、右決定処分に対し異議申立をしたので、所轄税務署長が調査したところ、原告自らも本件穀物取引は原告の依頼にもとづいて太田良夫ほかの架空仮装名義によって取引したもので、利益はすべて原告に現金で渡された旨の小川文夫の主張事実が真実である旨、証明書をもって証明した。そこで右主張事実は真実と認められ、小川文夫に対する決定処分は取消されたのである。

(2) 原告は種子田益夫から証拠金として五〇〇万円を預りこれを小川文夫に預け、小川は種子田のためにこれを証拠金として商品取引をなしたと主張するが、原告が小川を介して行なった商品取引においては原告の取引業界における立場上証拠金を必要としなかったものであり、小川は本件商品取引に関し原告から証拠金を受取らず、昭和三八年初頃小川が委託証拠金として五〇〇万円を差入れた仲買店は存在しない。

従って種子田から証拠金を徴してなされた取引は別表(一)に掲げる仲買店以外の仲買店による、本件商品取引と関係のない取引に係るものと解さなければならない。

五、(一) かりに原告主張のように右商品取引により利益を挙げたのが原告でなく、種子田益夫であり、同人が右利益金二三四九万〇三六四円を小川文夫から交付受領したものであるとしても、原告の商品取引による昭和三八年分収入金額は金八八四八万四三一六円、所得金額は金八八一二万四三一六円となり、従って右年度の原告の総所得金額は金九〇三八万二〇八六円となって、いずれにしても本件更正処分による所得金額三一五一万三一三四円を超えることは明らかで、その計算は別表(一)、(二)のとおりである。

従って原告の総所得金額の範囲内で被告のなした本件更正処分はなんら違法でないというべく、原告は小川文夫を介して太田良夫などの偽名を使用し、自己の意思にもとづいて商品清算取引を行ない、所得の一部を申告せずこれを隠蔽したことになるから、本件重加算税賦課決定もなんら違法ではない。

(二) 原告は被告の右(一)の主張は税務訴訟の機能および本質に鑑み許されない旨主張するが、課税処分取消訴訟における審判の対象は課税処分の違法性一般であり、課税処分は他の行政処分と異ってそれによって新たな権利義務を生ずるものではなく、申告と相俟って客観的、抽象的には既に成立している租税債権を具体的に確定させる手続にすぎず、その違法とはもっぱらその内容の違法すなわち当該処分によって認定された課税標準または税額が客観的に存在する実際のそれを上廻っている場合を指すのである。従って税務訴訟は処分取消訴訟の形式をとるが、その実体は係争年度における所得金額ひいては租税債務の存否についての争いであってこの点民事訴訟における債務不存在確認訴訟もしくは請求異議訴訟に類似している。

従って当該課税処分の認定した、または被告が訴訟において主張する課税標準および税額は課税処分取消訴訟の訴訟物ではなく、被告の右主張は実際の課税標準および税額が当該課税処分のそれを下回らないという攻撃防禦方法にすぎない。

従って、課税処分の取消訴訟において、当該課税処分をなす際には考慮されなかった事実を新たに主張することは可能であり、その事実の立証がなされれば当該課税処分を違法として取消すことはできない。

本件訴訟の訴訟物は従って、被告のなした本件更正処分にあたり認定した総所得金額三一五一万三一三四円が実際の総所得金額を上廻らないかどうかであり、帰属者に関する原告の主張は、右総所得金額のうち申告額を超える部分二八四九万三六四円が存在しないとする一つの攻撃防禦方法に過ぎない。

(三) 民事訴訟法一三九条一項の時期に遅れた攻撃防禦とは当該訴訟の具体的進行状態からみて、その提出時期より以前に提出が期待できる客観的事情のあったことを意味するところ、被告は本件更正処分当時太田良夫ら名義の取引の大部分を了知していたものの本件商品取引の内容が膨大でその仕組も複雑で原告らにおいて税金対策上諸種の工作をなしその実態が把めず、本訴の審理を通じようやく原告が本件取引と同形態の取引を他にしていないこと、本件取引で損失を蒙っていないこと、取引の指示はすべて原告が業界の地位を利用してなし、欠損が生じたときは原告の負担となるべきことなど本件取引主体が原告であることについての事実関係が永井証人ならびに原告本人尋問の結果により明らかになったため、被告は証拠調期日の次の期日である昭和五〇年五月一六日に遅滞なく総額主義による主張をなしたものであって、なんら時期に遅れたものではなく、右の経緯に照らすと右主張を提出しなかったことにつき被告に故意も過失もないというべきである。」

(証拠関係)

原告

甲一ないし六号証、同七、八号証の各一、二、同九号証の一ないし四、同一〇号証の一ないし三、同一一、一二号証証人種子田益夫(嘱託尋問)、同小川文夫、同永井良和、原告本人

乙三号証成立認、乙五号証の官署作成部分成立認その余の成立不知、その余の乙号各証成立不知。

被告

乙一ないし五号証、同六号証の一ないし三、同七号証の一ないし四、同八、九号証、同一〇号証の一、二、同一一号証の一ないし三、同一二号証の一ないし五、同一三号証の一ないし三、同一四号証の一ないし五、同一五号証の一ないし四、同一六号証の一ないし三

証人水口由光、同小川文夫、同種子田益夫(嘱託尋問)同鈴木淑夫

甲一ないし四号証、同一二号証成立認、その余の甲号各証成立不知。

理由

一、原告の請求原因一ないし三項の事実および昭和三八年分の原告の所得について被告が雑所得金額二八四九万三六四円と認定したことについては両当事者間に争いがない。

二、成立に争いのない乙三号証、証人水口由光の証言によつて成立が認められる乙一、二号証、同四号証、同九号証、証人吉田秀夫の証言によつて真正に成立したことが認められる乙一〇号証の一、二、同一一号証の一ないし三、同一二号証の一ないし五、同一三号証の一ないし三、同一四号証の一ないし五、同一五号証の一ないし四、同一六号証の一ないし三および証人水口由光、同小川文夫の各証言を総合すると、小川文夫が架空の太田良夫、同良雄、池田一夫名義で行つた穀物取引等の昭和三八年分利益金が損金(前出乙二号証により月三万円、年額三六万円の必要経費を要したと認める)を控除して二八四九万三六四円を遙かに超える額に達していたこと。(このうち小川の取引の益金が二三四九万三六四円に達し、少なくとも二八四九万三六四円を小川より委託者に支払つたことは当事者間に争いがない。)そこで被告は小川文夫に二八四九万三六四円の利益金があつたものとして課税決定をなしたところ、小川は右取引は原告の指示、委託にもとづく取引であつてその利益は原告に帰属する旨異議を申立て、被告(大阪国税局直税部資料調査課主査水口由光が調査指揮に当つた。)において調査したところ、昭和三八年度において小川文夫が前記太田良夫ら名義で行なつた取引はすべて原告の取引であり、小川は昭和三八年二月ごろから原告の注文により、原則として原告もしくは原告の使用人である永井良和の銘柄、限月、単価および数量の指示を受けて太田良夫、同良雄、池田一夫の架空名義の口座を使つて玉建をなし、その日の取引はその日のうちに一日の取引明細を複写で記録し仲買人より受領した報告書を同封して速達便で原告に送付し、月末には仲買人より受領した計算書を書留便で送付するか、直接原告方に持参し、利益金の約八割は原告宅に現金で持参し、残りは原告の秘書(主として永井)に渡していたことそして同年度における右太田良夫ら名義の取引は原告の注文にかゝるものにかぎられていたことが判明した。もつとも原告側は右取引は種子田益夫が原告を介し小川文夫に委託したものであると主張したので被告はこの点種子田、小川、永井について詳細調査しようとしたが、原告、永井、種子田らはいずれも仲買人の報告書、計算書、取引明細書および現金授受の経過を明らかにする預貯金通帳などの証拠物件を被告に呈示せず、種子田の当時の資産状態から調べるべき通帳、口座等もなく、果して種子田が取引を原告または原告を介し小川に委託した事実があるか確証が掴めないうち、昭和四四年一月二八日付で原告は小川の依頼の趣旨にそい、右取引が小川の取引でなく原告の注文による売買である旨の証明書を作成し、左証明書が被告に提出されたので、その後(同年二月末か三月初頃)になりようやく種子田益夫が原告から小豆等売買利益金として従来の受取分とあわせ金二九一三万七〇〇〇円の金員の領収書を発見したとしてその趣旨の書面(甲五号証)が提出されたけれども、従来の経緯に照らし、特に種子田が右金員を如何なる用途に使用し、またはどのように保管していたか全く不明にした儘他に取引損金が多く倒産状態であること、種子田から小川に交付されたと称する保証金五〇〇万円が果して真実受領されたものか小川の供述によつても疑わしくこれを裏付けるべき物証が見出されなかつたので右金五〇〇万円は小川の太田ら名義による取引の利益金の一部として委託者に交付されたものと認められたこと、さらに原告が本件取引が原告の注文による売買である旨の証明書を作成した際、当然右取引による利益金について課税処分を受けるべきことを予知した筈であるのに、前記領収書の提出が著しく遅れたこと右取引により損金を生じたとき原告が小川に対し直接補填の責任を負うことになつていること、しかるに原告はこのような不利な約定を小川と結ぶにつき種子田からしかるべき対価を得ていないことなどの諸事情に鑑み、右領収書の信憑性は疑わしいとしてこれを取上げず、原告が昭和三八年分太田良夫ら名義取引の利益(右争いのない二三四九万三六四円と前記五〇〇万円を加えた、小川よりの交付金額)の帰属者であると確定し、本件更正決定等の処分をなしたことが認められ、右認定事実に照らすと原告が架空名義を用い所得の一部を隠蔽したとの被告の判断は合理性があるものと解せられる。

そして原告の主張にそう証人種子田益夫(嘱託尋問)同小川文夫、同永井良和の各証言および原告本人尋問の結果によつても右認定を覆して原告の主張事実を肯認するに足りず、他に原告の主張を肯認するに足りる立証がない。

そうであるならば被告主張の税額算出方法自体に明らかな争いはないのすあり被告のなした本件更正処分および重加算税賦課決定処分はいずれも計数上正当であることが明らかで、被告認定の雑所得が原告に帰属しないことを前提とする原告の本訴請求は爾余の判断をするまでもなく失当として棄却を免れない。よつて、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡村旦 裁判官 宮地英雄 裁判官 柳澤昇)

別表(一) 穀物商品の精算取引による利益金の内訳

〈省略〉

(注) 1 「売買数量」欄の単位(1枚)は、穀物(大手芒、小豆)40俵である。

2 「益金」及び「損金」欄の金額は、取引ごとの売買差金から売買手数料を差引いた後の益金又は損金の合計額である。

3 「差引損益」欄の△印は、損失額を表わす。

別表(二)

〈省略〉

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